左利きのベーシストから人生相談が届いたようです

  • まず、元ネタはこれなんですけどね。

青空人生相談所 (ちくま文庫)

青空人生相談所 (ちくま文庫)

  • 100冊は下らない氏の著作の中でも、かなり名著ランキングの上位に位置するのではないかと個人的に思える一冊。いや、なにしろ100冊は下らないものだから、こっちも全部は読めもせずに言ってるんだけど。しかし100冊は下らない著作を通して氏の言ってることは基本的にいっこだけとも言え(けなしているのではありません)よって、老若男女さまざまな読者から寄せられた相談事に氏が答えるという、いわば他人が投げたボールをどう一本だけのバットで打ち返すかというバリエーションが見られるぶんだけ、本書は他の著作から頭一つ抜けてるように思う次第である。
  • んで、これをなぞった馬鹿文章が先般PCから出てきた。もとはたぶんPCなんぞ持ってない時代に書いたんだったと思うなー。いちばん氏の著作に親しんでたころに。自分で言うのもなんですけど、なかなか、才能の無駄遣いというか…
  • もちろん実在の人物、実在の団体、実在の橋本治とは一切関係ございません。そして質問に比べて回答が異様に長い(そしてくどい)のは本家の仕様です。読んで時間の無駄だったと怒らないでいてくれる余裕のある方のみ、続きをどうぞー。


 友人たちと趣味で始めた音楽がいつのまにか職業になり、もう6年ほどになりますが、最近、そのバンド仲間との間がうまくいかず悩んでいます。派手にケンカするようなことはないのですが、僕がなにか言っても、なんとなくよそよそしい言葉しか返ってこないのです。思いきって一番親しい友人でもあるリーダーに相談したところ、「おまえは物の言いかたが偉そうなんだ」と言われ、僕もそうかもしれないと思い、反省していろいろ努力してみたのですが、あまり効果がなかったようです。このままだと、アルバム(LPレコードのことです)の制作にも支障が出てきそうで…仕事に差し支えるようなことにはできる限りしたくないので、どうかアドバイスをお願いします。どんな厳しい言葉でもかまいません。 (26才・男性)



 ホントウに「厳しい言葉」っていうのは、言われた人間のダメなところを具体的に白日の下にさらすから、厳しいものなんだ。こんなことをわざわざ言うのは、君の質問が、理路整然と問題を述べているようでいながら、実は具体的なことをなにも分からせてくれないからなんだけどね。
 君の「友人たち」は全部で何人なの? それぞれはどんな奴で、君とはどのくらいの付き合いなの? もともと何の目的もなく友人だったのが、「ヨーシ、いっちょバンドでもやろうぜ!」ってことになって始めたのか、同じような音楽の好きなどうしだったから親しくなっていったのか、そういう君たちの具体性が見えてこないと、僕には「厳しい言葉」なんて、かけたくてもかけられないよ。
 具体的なことが分からないまま「仕事に差し支えるようなことにはできる限りしたくない」なんて言葉が出てきてしまうと、君はただ仕事を円滑に進める上でのトラブルに悩んでいるだけなのか?という読み方もできてしまう。でも君は「よそよそしい言葉しか返ってこない」ことを「うまくいかない」こととイコールにしている。だから君としては、友達との気持ちのすれ違いが問題なのだ、ということにはなる ── ビジネスなら、「よそよそしい言葉しか返ってこな」くても、生産したものの出来が良ければ問題はないはずだからね。
 君は、すくなくとも6年以上付き合ってきた友達と、このごろよそよそしい言葉しか交せなくなったことを気にしている。その一方でそういう関係が、いまや飯を食うための手段となった音楽に影響を及ぼすのではないかとも心配している ── それで、6年目にして友達との付き合い方に「努力」を導入してみたんだけれど、仕事において「努力」が功を奏するほどには、それは役には立たなかった。君が自分で自分のことをどう思っているか分からないけれど、たぶん君は人から見ると、とても堅実で、自分の好きなことを飯を食うための手段として成り立たせるためにはどうしたらいいかまじめに考えて、それを実現した努力家だと思うんだ。君の友達もそれは認めているんだろう。君の「物の言いかたが偉そう」でも、そこにはたぶんいつもなにか根拠があるから、「派手にケンカするようなこと」にはならないんだ。
 でもどうして6年目の今になって、友達との間柄に「努力」が必要になっちゃったんだろう? 君の性格が昔と変って、偉そうな物言いをするようになってしまったからだろうか? それとも友達の性格のほうが変ってしまったのだろうか? これは僕の推測にすぎないけれど、一番の変化は君の性格でも友達の性格でもなく、「趣味で始めた音楽がいつのまにか職業に」なったところにあるんじゃないだろうか。
 「物の言いかたが偉そう」と言われた君の、口にした「物」がいったいどんな事柄なのか、君の質問からは分からない。でもそれはたぶん、「おまえってチビだなァ」とか、「俺はおまえらと違ってこんなギターが弾けるんだぜ」とかってことじゃないと思う。それなら君は、6年前から「偉そうなこと言ってんじゃねえよ!」と総スカンにあってたはずだから、いまさら「よそよそしい言葉」に悩む必要はないと思うしね。それから、バンドで飯が食えてるということは、けっこう君たちは人気があるということなんだと思うけど、「そのなかでも俺が一番人気があるよなァ!」なんて君がおおっぴらに言える人間だったら、こんなところに相談は送ってこないだろう。少なくとも、こういう文面にはならない。6年目の今になって君の言葉を偉そうに響かせてしまうもの、なおかつ自分の単純な自慢ではなく、根拠もあるがゆえに君の友達が「派手なケンカ」をしたくてもできないもの ── となると、君が言っていることはたとえば、「もっとまじめにやれよおまえら、仕事なんだから!」だったりするんじゃないだろうか?
 君は努力して、自分の好きなことを飯を食うための手段として成り立たせることに成功した。だけど君は、それが自分一人の力でできたものだとは思っていない。友達どうし協力して、ここまで来れたんだと考えている。仕事をやる仲間は生産物をやり取りするだけのビジネスライクな関係じゃなくて、親しい友達でもあることが重要だと考えているから、今になって「よそよそしい言葉」に悩んだりもしている。でもそういう君はいまや、自分たちは昔の、楽しければ万事オーケイだった素人じゃない、お金をもらって客に娯楽を与えるプロなんだ、とも自覚しているだろう?
 そこで君は仲間にハッパをかける。おそらく2人から4人くらいはいるであろう君の仲間のなかには、君から見るとプロ意識に欠ける行動もこのごろ見られるからだ。練習不足だったり、ムラ気が目立ったりね。君の指摘に、たぶん間違いはない ── でもその言い方が、君がここに書いてきた文面のようなものだったとすると、それはすごく不親切なものではあるだろう。
 「アルバム」と書いたあと、「あ、これだと写真のアルバムだと思われるかな?」と気がついて「LPレコードのことです」と但し書きをつけるような細やかさや、「どんな厳しい言葉でもかまいません」と素直に ── ちょっと意地悪な言い方をすれば無邪気に ── 相手に頼ってしまう姿勢の一方で、君がいちばん気にしている、友人の具体的な姿についてはなにも伝えない。そういう傾向が君の物言いにもあったとすると、言われた友達にしてみれば、「なんだい、さもこっちのためみたいに、細かいことや、通り一遍のことばっかり言いやがって。いつからおまえ、俺の先生になったんだよ?」ってことにもなると思うよ。そういうときに「努力」は、あんまり役には立たないさ。友達が望んでいるのは、自分と同じように「ここまでなんとかやってこれたけど、これからどうなるのかな?きちんきちんと仕事をこなしていくことで、自分の好きだった音楽ってどっかに行っちゃったりはしないのかな?」ってじたばたと悩む、同年輩(だよね?)の友人としての君の姿であって、「努力」によって一足先に大人になってしまった君のアドバイスではないはずだからね。


 それにしても、僕はバンドのリーダーというのがどういうものなのかよく知らないんだけれど、ホントだったら仲間にハッパをかけたり、仕事に支障をきたしかねないデリケートなやり取りの舵を取るのは、リーダーの役割じゃないのかな? でも君はリーダーではなくて、リーダーに敵対しているわけでもなく、「一番親しい友人」なんだね。部外者の僕から見ると、あるメンバーが他のメンバーからよそよそしく扱われるようになるまで放っておいて、相談を受けると「おまえが偉そうだからだ」なんて、まじめな君をいっそうまじめに構えさせてしまうようなことしか言わない「リーダー」なんて、ちょっと怠慢なんじゃないかな、としか思えないんだけど。
 ただ、「リーダー」の立場に立つと、また別のことが言えるのかもしれない。君たちがリーダーとして認めたくらいの奴だから、君とはまた違う問題が見えているのかもしれないね。たとえば、6年以上前に友達仲間のリーダーとして認められていた、そのことに関しては自信があるけど、でも仕事の上での自分のリーダーシップってどうなのかな?とか。
 そいつはあるいは、今まで「まじめにやらないこと、アクセク働いてる大人を笑い飛ばすこと」で、君たちの「カッコいい」という賞賛を浴びてきたのかもしれないし。たとえばそんな彼がリーダーをもう降りたくなっていたとすると、だからといって努力の人である君の下におとなしく収まることには、たぶん懐疑的になるだろう。彼は彼なりに、今までの自分のやり方でも大人にはなれるんだということを、とりあえず一人で試してみたいだろうから。
 他のメンバーについても、同じことが言える。君がスムーズに移行できた「趣味」から「職業」へのプロセスを、みんな自分のペースで探しあてる時期にさしかかってるんじゃないかな ── あるいは、他のみんなから見ると、君もまだスムーズに移行できてはいないのかもしれないよね。みんなが「もうみんな大人になったことだし、これからは『君子の交わりは淡きもの』にしようかなァ」とかなんとか考えて示した態度が、君からすると「よそよそしい言葉」になっちゃってるのかもしれないしね。
 だから、これはもしかすると君にとって、「おまえのここがダメなんだ!」という「厳しい言葉」よりも、もっと辛いものかもしれないけど ── いっぺん、離れちゃってもいいと思うんだ。やめちゃいなよ。友達のためを思って自分が悪者になる「努力」なんて。友達から離れて、自分一人で仕事をする機会を作ればいいと思う。バンドの仕事と平行してだっていいし、その結果「あ、あいつらはいい友達だったけど、自分一人のほうが仕事ってやりやすい」ってことになったら、きちんとそのことをみんなに伝えて、友達づきあいは続ければいい。そのうちまた「友達と仕事」っていうのを試してみたくなったら、仕切り直せばいいんだし。そのころには君も、君の友達も今より成長していて、言いたいことをお互いにうまく伝えられるようになっている可能性だってある。
 大人になって、歩く道が違ってきてしまったから離れなくちゃいけないんじゃなくて、歩く道が違っても一緒にいられる方法を探すために、離れるんだよ。そんなに急いで「職業人たる自分」を完成させることないよ。まだ26才でしょう? 君がこれから覚えるやり方はまだいっぱいあるよ。


  • まあ、よくここまで憶測となりきりで話の翼が広げられるもんであるが、ほんとにあのときあの人、26かそこらだったんだよなあ。どのときのどの人とは言わないけど。その感慨がこの馬鹿文章の駆動力になったのは否定できません。