第33回 友の死

  • 私の頭が悪いのか。どうして山南さんが死ななきゃいけないのか、今に至ってもやっぱりわからない。いや、劇中でもわからない人だらけだったか。つまり私は隊士レベルってことか(その発言は不遜なのか失礼なのか)。
  • 思い出すのは芹沢粛清時に書いた「自分の望む形が、自分を排除することでしか成立しない」という一文で、しかし、芹沢が滅びたときには一種の爽快感があった。因果応報といえるだけの所業を積んでいたから、というのもあるけれど、それ以上に本人が、人生生きづらくって生きづらくってしょうがないという空気を全身から発散していたものだから。そういう人にしては、上出来な形で幕を引いたと思えないこともなかった。「最低限の分別があれば、平和哩に身を引くこともできただろうに」とも書いたわけだが。
  • 翻って山南さんだ。本人の口から「疲れた」と言われても、芹沢と違って「いや、まだまだやれるでしょ貴方!」と返したくなるのは役者の年齢の差もあるのだろうか。なんだかもう、見るからにもったいないよ。頭脳も身体も申し分なく充実している人が。仕事の引継ぎまできっちりこなす気力だって残っているくせに。いや、これで終りだと思うから頑張れるということも人間あるけど……さー。
  • 組にいることが疲れたなら疲れたで、全力で逃げるのを諦めるなよ!とつい怒りたくなるよ。まして明里ちゃんまで巻き込んでおいて。「一度しょいこんだものは最後まで見んかい!」と月曜ドラマのジィジも怒ってたぞ。
  • と思ったら、明里姐さんは全部わかって飲み込んでいるのだった…。あーあ、なんだかずるいよなあ。そういう、昔の「無学な女の教養」みたいなものに(知らずにとはいえ)よっかかって、独り決めでイチ抜けしちゃうのがさー! バカー!
  • 好きな人に目の前で死なれるのと、好きな人が自分の手の届かないところで死ぬのでは、後者のほうが不幸だと絶対思う。つきあいの長さからいって順当ではあるだろうけど、明里姐さんより、近藤土方のほうがいい目見たと思うな。
  • しかし「私の好きな人はみんな私の剣で死んでしまう」までいくと、それはまたかなりな不幸だよね…。今にして、沖田が図抜けてタフな奴(平時は無神経とも言う)でよかったのかも、と思う。そして介錯を仰せつかる前の顔に呆然。あんな怖くて綺麗な顔ができる男になってたのか。